last updated 1997/08/31
第108話(全130話)
竜の棲む島(3/4)
マリカの言葉を受けて、一行は島へと近付き、人目を避けるようにして岩のごつごつした入
り江へと侵入した。岩をかっこうの目隠しにして砂浜へ上がると、マリカはまずケンプを隠す
場所を捜す。岩穴があればいいと思ったのだが、都合良くケンプが隠れられそうな穴はどの岩
にも空いてはいなかった。どれも長い年月波に洗われ続けたせいで、表面がツルツルしている
。それはさながら彫刻のようだ。海へと向けて祈りを捧げる群衆、というふうにマリカの目に
は見えた。
〈あそこがいい〉
フィンフィンが言った。彼の視線を追うと、砂浜の外れにツブの木が何本か寄り添うように
して立っている。海に向けて手を振っているかのようなその姿は、祈りを捧げる群衆の後ろで
、儀式を執り行っている聖職者たちのようにも見えた。
〈あの木の根元ならケンプを隠せるよ。ツブの木の根は、ちょっと穴を掘ればトンネルみたい
に上の砂を支えてくれるもの〉
フィンフィンはツブの木には詳しかった。何しろフィンフィンが人から寄せられる愛情の次
に好きなのがこの木になる赤い実なのだから。ツブの実がフィンフィンの大好物だった。けれ
どいまフィンフィンは自分があの木のそばへ行きたいから、ケンプをそこまで連れて行こうと
しているわけじゃない。
「そうね。じゃあフィンフィン、ケンプをあそこまで連れて行ってあげて。あなたの体で隠す
ようにしてね。あたしたちはあのスレイヤーたちのほうへ歩くわ」
「囮になるってわけだね」とピート。
「ケンプを隠すまでの間、目を逸らさせておくのよ」
「簡単だ。パピロが頑張ってくれるはずだから」
「おいら?」とパピロは驚いた。「何でおいらが頑張るのさ」
「見てればわかる」
言うなり、マスターはパピロの体をつまみあげると、思いっきりスレイヤーたちのほうへ放
った。
「わ! 何すんだよ、いきなり! ひどいじゃないか。おいらに何させようって言うの? だ
いたいおいらは気がちいさいんだ。いきなり放り投げたりしたら、それだけで心臓が止まっち
ゃうよ。ああドキドキしてる。ロボットってのは心臓がないから、心臓が縮む想いっていうの
がわからないんだ。だからこんなひどいことできるんだ!」
言いながら憤然と辺りを走り回るパピロに、スレイヤーたちの視線が釘付けとなった。いき
なり飛び込んできてチュウチュウ言いながら走り回ってるリスネズミに驚いている、という感
じだ。
「パピロも役に立つのね」マリカが笑う。
「役に立てたって言って喜んでるみたいだよ」
ピートが言うと、マリカはワーターの背に乗って、ちらりと一度フィンフィンの様子を見た
。フィンフィンはツブの木までゆっくりと近づいて行く。その体はケンプを完全にスレイヤー
たちの視線から遮っていた。何人かの油断のない荒くれがフィンフィンの姿に気づいて目で行
方を追っていた。けれどフィンクがツブの実を好物にしていることは知っているから、誰も不
審には思わなかった。フィンクがツブの木へと寄って行くのは、アリが砂糖へと寄って行くよ
うなもので、とりたてて気にかける必要などないことだった。
「フィンフィンはうまくやれそうだわ」
「うん。ぼくたちはどうする?」
「あたしたちもドラゴン退治に来たような顔するのよ。彼らの中に入って、どんな理由で集ま
ってるのか確かめましょう」
マリカの顔は姫君の顔に戻っていた。作戦を立て、部下に指令を出す指揮官の顔だ。こんな
姫君が上に立っていてくれるなら、部下たちは幸せだろう。決断にいっさい迷いがない。
マリカはワーターの脇を軽く蹴った。ワーターは岩陰から進み出ると、スレイヤーたちは走
り回っているリスネズミから顔を上げて、マリカたちを見た。何人かは腰の剣に手をかける。
新参者には決して気を許さないスレイヤーたちだった。それを言うなら彼らは仲間にだって、
決して気を許したりしない。ドラゴンを追う、というのはそれだけ危険な仕事だった。
「何しに来た」
スレイヤーのひとりが言った。豊かな髭で顔の半分を覆った屈強な体躯の男だ。髭の色が銀
色で、星の光を反射させている。
「旅の途中でドラゴンに荒らされている島の噂を聞きました。島の人々を助けられればと思い
、ここまで来てみたんです」
言うマリカに男たちは野卑な笑いを投げつける。
「こいつはいい。あんたみたいなお嬢ちゃんがドラゴン退治を買って出ようってわけかい?」
銀色髭が言う。遠慮のない大声だった。声で小娘を威圧しようとしているのだろう。
マリカは動じない。大声にビビるような姫君ではない。
「詳しい事情を誰か教えてくださいませんか」
怯むことなく、逆に一歩男たちの輪の中に進み出て言うマリカに、荒くれたちのほうが怯ん
だ。どうやらただの小娘ではないらしい。いずれ名のある身分なのだろう。高貴という名のオ
ーラが名乗らずともマリカの全身から放射されていた。
荒くれたちの後ろから、白髪の老人が進み出て、マリカに深く頭を下げた。
「この島の長をつとめさせてもらっております。名をスービーと言います。どうぞよろしくお
願いします」
名乗られてはマリカも黙っているわけにはいかない。
「カイラ国のマリカ姫です。島で何があったのか、お教えください」
マリカ姫と聞いて、荒くれたちはかすかにどよめいた。姫の剣の腕は遠く聞こえ渡っていた
。荒くれたちもカイラ国のお転婆な姫君の噂は耳にしたことがあるのだろう。
「病気で療養中という噂を耳にしたが、どうやらピンピンしてるみたいだな」
銀色髭が言ったが、マリカはスービーという名の老人から目を逸らさない。
老人は畏まったまま、島の惨状を、マリカに語りはじめた。
(つづく)
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